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「僕の場合、メガネは覆面なんです」

作家・クリエイター いとうせいこう

仕事のときは、あえて個性の強いメガネをかけます。そうしておけば、オフの時間に普通のメガネで本屋さんに行こうが展覧会に行こうが、誰も僕に声をかけてこない。自由でいられます。人は人を、メガネで覚えてる。

自分を主張できる。だからメガネが好き。

多岐にわたる分野での大活躍はすでにご存知のとおり。まさにマルチな才能をひとつひとつかたちにしている正真正銘のアクティビスト=活動家、いとうせいこうさん。当然メガネについても一家言お持ちのはずというこちらの予想を軽々と飛び越えた、せいこうさんならではのメガネ論を聞かせていただいた。

「中学1~2年生の頃からなので、メガネ人生はもう50年になります。僕に対する皆さんの印象は、丸型で太めの黒縁だと思うんですけど、いま仕事の時に主にかけているのはじつはよく見ると緑色で、丸縁がちょっと歪んでるんです。例えばテレビに出たり、打ち合わせで人と会ったりするときはスタイリストさんに付いていただくことが多いので、自分で選べるのはほぼメガネだけじゃないですか。そのせいもあってメガネは好きですね。いまどきはこんなのがいいかなとか、みんながかけてるタイプと違うものを選んでみようとか。そういう主張ができるのがいい」。

その人の中身は、メガネでもっと表現できる。

「僕にはメガネ道の師匠がいて、師曰く”似合わないと思ったメガネはかけてみろ”。そのお言葉に従って自分の中ではなるべくメガネ選びに固定観念を持たないようにと思っているので、自動的に何年かごとに変えてみたり、あるいは昔のものをまたかけ直してみたりしてますね。

僕の場合、メガネは覆面なんです。メディアに出たりする時はちょっと目立つ、個性強めのものをかける。そうすれば、オフに普通のタイプのメガネで出かけると、本屋さんに行こうが展覧会に行こうが誰も気づかない。あまり人と話すのが上手じゃなくて、急に話しかけられてもうまく対応する自信がないから都合がいい。丸縁で出かけたらすぐにテレビ観てます、ということになったりしますからね。覆面をとって出かければ、ものすごく自由でいられます。それくらい、メガネの印象は強い。人は人をメガネで覚えてる。

さっき言った、似合わないメガネはかけてみろというのは、似合わないというのは思い込みなんだという意味。この人、ずっと同じメガネだけどもったいないな、幅も内容もある人なのに、それが表現できてないよなっていう。その人の中身はメガネでもっと表現できるのにと思うんですけどね」。

遠くからは普通で、近づくと凝ったつくり。その面白さがおしゃれ。

せいこうさんが今日選んだZoffのメガネは、BLACK STYLE(ブラック スタイル)というシリーズのもの。大ぶりのウェリントンシェイプには重厚感があり、かけるだけで目元に男らしい印象を演出できる。深みのあるオリーブグリーンとメタル部分のゴールドのコンビネーションが上品な表情をプラスする。

「きょうは横顔を写すと聞いていたので、つるの部分にも細工のあるタイプにしたら面白いなと。勝手にそういう編集的な立場に立ってこのフレームにしました。もちろんそれだけじゃなくて、色合いの深みとかよく見るとブチが入っていたりとか、遠くからは普通のようでいて近づくと面白さがわかる凝ったつくりのほうがおしゃれじゃないですか。そこはちゃんと考えて選びました」。

メガネで生まれた、誰も気づかなかった演出法。

NHKの朝ドラ『らんまん』では、植物学者 里中芳生役を演じている。せいこうさんは、もともと牧野富太郎という人物に興味を持っていた。それだけでなく、里中のモデルで、日本の博物館の父と謳われる田中芳男にはつねづね特別な想いを抱いていた。

「田中芳男という人は単なる植物学者じゃなくて、昆虫採集のキットを最初に作るわ、リンゴを輸入してみんなに栽培させるわ、国立博物館も上野動物園も建てるわで、実際はとんでもなくマルチな人。マルチ側にいる僕としては一番にあがめるような存在。その役に僕を抜擢してくれたのは、ものすごくうれしいですね」。

この『らんまん』でもせいこうさんらしいメガネのエピソードがあった。

「撮影に入る時、田中芳男ならこういうメガネだなと思って自分のものを何本か持参したら、監督さんが、じつは当時のメガネには鼻あてがなかったんですよって。時代考証がものすごく詳しい。それで用意してもらった鼻あてのないメガネから選んでかけました。レンズが入ってないから、演技してるとき何も見えてないんです。どこにサボテンがあるかも勘でやってて。普通は近視用メガネをかけると目が小さく見えますけど、素通しだからメガネをかけた時の、皆さんが見慣れたいつもの僕の目と顔の比率が違うんですよ。だから、いとうさんだとは思わなかったとか、見事な演技だねとか言われたりするんですけど、じつは全部あのメガネが秘密なんです。これまで誰も気づかなかった演出法が偶然にも生まれちゃったんでしょうね」。

いとうせいこう◎作家・クリエイター。1961 年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌編集部勤務を経て、独立。小説やエッセイの執筆、音楽、映像、舞台、ウェブなど、ジャンルを越えてマルチに表現活動を続ける。

植物学者・牧野富太郎を敬愛し、2023年には『われらの牧野富太郎!』(毎日新聞出版)を監修。また牧野を主人公のモデルとするNHKの連続テレビ小説「らんまん」に主人公に影響を与える里中先生役で出演した。

着用モデル:BLACK STYLE ZO231018_64A1 ¥11,100(税込・セットレンズ代込)